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仙台高等裁判所 昭和31年(ナ)1号 判決 1957年4月30日

原告 平野勝雄

被告 岩手県選挙管理委員会

補助参加人 田中富蔵

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「昭和三〇年八月二八日施行の岩手県岩手郡岩手町長選挙の効力に関する原告の訴願につき被告が同年一二月一七日にした裁決を取消す、右同選挙を無効とする、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

(1)  原告は、昭和三〇年八月二八日施行の岩手県岩手郡岩手町長選挙での選挙人であるが、同日岩手町選挙管理委員会は候補者田中富蔵を当選人と決定した。原告は右選挙の施行に当りその手続に違法があるとして同年九月二日同委員会に選挙の効力に関する異議を申立てたところ、同委員会は同月一九日右申立棄却の決定をしたので、原告はさらに同年一〇月九日被告に訴願したが、被告は同年一二月一七日原告の訴願棄却の裁決をした。

(2)  しかしながら、本件選挙には以下に述べるような種々の手続上の違法があるから、被告のした裁決は取消しを免れない。

(イ)  右選挙の開票は昭和三〇年八月二八日午後八時三〇分ころから開始され、同日午後一〇時半ころ開票事務を終えたが、右開票の終了により選挙会で当選人が決定し、選挙長から選挙管理委員長に投票が引継がれた後、同委員長は右選挙の候補者八角喜代治派運動員の要求により投票を入れた袋からこれを取出して見せたり、右開票の翌日右委員会の関係人が投票を右袋から取出して見たり、投票用紙の残票を開票の翌日如何なる理由か焼棄てており、前記開票の時、候補者田中富蔵の有効票とされた「田村富蔵」と記載された投票五票は前記原告申立の異議審査手続では無効票とされながら、被告委員会の審査では田中富蔵の有効票としたといわれているが、原告申立の異議に対する岩手町選挙管理委員会の決定(甲第七、八号証)には右票を無効とした経過は全然記載されていない。以上の各事実は右岩手町選挙管理委員長らが投票を改ざんした疑を抱かせるものである。

(ロ)  右選挙の開票録には開票立会人が押印していない。

(ハ)  岩手町選挙管理委員のうち一名と同委員長及び選挙長は当選人と決定した田中富蔵の親族であり、前記の違法と合せて本件選挙の公正を著しく疑わしめるものがある。

(ニ)  右選挙では不在者投票が四五票あつたが、不在者投票事由にあたる旨の証明書がその作成権限のない者によつて作成されたもの、または右事由のない者にこれを交付した等のように正規の手続によらない不在者投票が一〇票以上も存在するから、この違法は選挙の結果に異動を生ずるおそれがある。

(ホ)  右選挙では左記の合計一四七票の代理投票がされ、投票立会人が代理投票の補助者となつているが、投票立会人が代理投票の補助者を兼ねることは法の禁ずるところであるばかりでなく、本件選挙の各投票所では投票立会人はいずれも三名に過ぎなかつたのであるから、投票立会人無くして投票が行われたことになり、右違法は当選の結果に異動を生ずるおそれがある。

第二投票所  二一票 第三投票所   四票

第四投票所  一〇票 第五投票所   三票

第六投票所  二五票 第七投票所  四二票

第九投票所  一一票 第一〇投票所  六票

第一三投票所 一〇票 第一四投票所 一五票

以上の次第で被告のした裁決は違法であるから、これが取消しと右選挙無効の宣言を求めるため本訴請求におよんだと述べた。

被告及び補助参加人は主文同旨の判決を求め、被告は答弁として、

(1)  原告の請求原因第一項は認める。被告の裁決は昭和三〇年一二月一〇日でその書類の発送日が同月一七日である。

(2)  請求原因第二項中、

(イ)  の開票時刻は争わないが、その終了時刻は午後一一時四〇分である。その余の原告主張事実は否認する。

(ロ)  は争わない。開票立会人の署名だけで充分であり、本件では署名がされているから押印がなくても違法ではない。

(ハ)  の原告主張の親族関係は不知、その余の事実は否認する。

(ニ)  に対しては、選挙人が不在者投票をする場合の不在事由証明書の交付者は、不正投票の防止や選挙の公正を期するために、投票当日の選挙人の状態や事由を確認する手段として、その事由を最もよく知り得る者、すなわち業務及び職務その他それぞれの事由によつて証明権者が規定されているのである。したがつて、選挙事務従事者の所属長は選挙管理委員会委員長であるから、その事由証明者も同委員長であるのが至当ではあるが、本件の場合は町役場の職員を選挙事務従事者として臨時に委頼したものであり、しかも町長職務執行者代理者から後記(投票、開票、開票事務委嘱者名簿)記載のとおり各職員の勤務場所及び月日を明示して依頼についての承認を受けており、また不在者投票者に対する証明書は選挙管理委員会事務局で作成記載したものであり、ただ証明者は右事務従事者が町役場の職員であるから町長職務執行者代理者としたのであつて、実質的には当該選挙管理委員会委員長の認めるところであり、かつこれらの事務従事者はいずれもその場所で現実に事務に従事している点から、投票が不正に行われたとは認められない。正規の手続によらない違法な不在者投票が当選者と次点者との得票差より多い場合にこれらの投票を正規の手続によつて行わせたとしたならば、正当の投票をなし得た者が幾人あるかその数を推認できない場合には、選挙が無効とされることもあり得ようが、係争の不在者投票は前記のとおりいずれも町役場吏員のした投票で、これに正規の投票をさせたとするならば、その結果は一人の棄権者もなく、全員が投票したであろうことを当然推認できるから、仮に係争投票が違法で無効であるとしても、これは公職選挙法第二〇九条の二の規定により潜在的無効投票として処理されるべきもので、選挙が無効であるとの原告の主張は容認できない。

投票、開票事務委嘱者名簿

第一投票所(沼宮内自治会館)

投票管理者 沢口寛二   同 代理者 佐々木慶司

投票立会人 小川慶二   家村長次郎 佐々木慶司

事務従事者 西田徳四郎  金井竜雄  三ツ谷正八

佐藤秀雄   戸ノ村利徳 杣フミ

千葉重憲   高橋ソラ  佐々木栄子

北本智子   佐藤ナヨ

第二投票所(川口小学校)

投票管理者 久保誠一郎  同 代理者 千葉孝

投票立会人 山口源三   駒井幸蔵  佐々木喜蔵

事務従事者 千葉孝    本堂佐之助 村山仁

千葉甲子郎  千葉ハル子 沢口小夜子

下村アサ子

第三投票所(南山形小学校)

投票管理者 宮手多夫   同 代理者 高村新吉

投票立会人 太布茂則   佐藤専太  佐藤己三郎

事務従事者 高村新吉   立花正信  宮手善三郎

第四投票所(北山形小学校)

投票管理者 中村多助   同 代理者 千葉幸之助

投票立会人 畑中重次郎  佐藤未太郎 伊沢潤次

事務従事者 千葉幸之助  佐藤彰   和田実美

第五投票所(穀蔵小学校)

投票管理者 穀蔵力太郎  同 代理者 望月勝吉

投票立会人 向井市助   向井金次郎 遠藤晃

事務従事者 望月勝吉   高橋九平  千葉正吾

第六投票所(川口中学校)

投票管理者 四日市七郎  同 代理者 亀井二郎

投票立会人 岩崎佐次郎  和田富蔵  福田忠雄

事務従事者 亀井二郎   伊藤円作  佐藤和子

第七投票所(一方井小学校)

投票管理者 武田作助   同 代理者 黒沢留吉

投票立会人 地館忠行   中村金六  立花市蔵

事務従事者 黒沢留吉   遠藤藤栄  田村清

山本勇    久保八重治 宮崎作右エ門

田村八重子  千葉三之丞

第八投票所(浮島分校)

投票管理者 大巻儀一   同 代理者 田中要之

投票立会人 松村喜助   田中要之  桐ケ久保兼松

事務従事者 千葉伊之松  中村年一  千葉眸

遠藤イサ

第九投票所(御堂分校)

投票管理者 田村春松   同 代理者 沢瀬利喜松

投票立会人 沢瀬利喜松  遠藤清   高橋勇吉

事務従事者 大石繁夫   小林繁夫  久保光彦

第十投票所(水堀小学校)

投票管理者 横沢丑太郎  同 代理者 太田代長六

投票立会人 早坂丑太郎  太田代長六 宮本勝美

事務従事者 民部田清吉  宮崎雄助  高橋ユキヨ

吉川順造

第十一投票所(岩瀬張小学校)

投票管理者 細野太郎   同 代理者 細野岩次郎

投票立会人 坂本由松   細野岩次郎 笹渡小四郎

事務従事者 小笠原喜代志 沢口千太郎 山沢徳夫

第十二投票所(役場分室)

投票管理者 柴田安五郎  同 代理者 幅兼松

投票立会人 耕野市太郎  幅兼松   高橋惣左エ門

事務従事者 藤村金造   工藤正雄  山崎高

大下已之吉  田中光男

第十三投票所(御堂農業協同組合)

投票管理者 旭沢徳八郎  同 代理者 玉山清吉

投票立会人 玉山清吉   戸ノ野元吉 旭沢富治

事務従事者 西館栄助   黒沢正一郎 高畑利喜一

笹久保浩

第十四投票所(横田作業所)

投票管理者 三浦半次郎  同 代理者 横田清一郎

投票立会人 横田清一郎  三浦重次郎 田中兼松

事務従事者 大畑幸作   小西ミヨ  三浦清記

第十五投票所(久保小学校)

投票管理者 帷子喜介   同 代理者 武田栄三

投票立会人 松原三十郎  田村清四郎 武田栄三

事務従事者 帷子駿八   帷子敏雄  千葉栄

選挙長   田中義雄   同代理者  三ツ谷英夫

有効投票判定係

黒沢留吉  本堂佐之助  三ツ谷正八 小笠原喜代志

津志田幸平

計算係

高橋ソラ  小西ミヨ   佐藤和子  高橋ユキヨ

佐々木栄子 北本智子   沢口小夜子 田村八重子

帷子敏雄  久保八重治  佐藤彰   宮崎作右エ門

連絡係

宮手善三郎 柴田国夫

記録係

大下仁八

整理係

第一開票台 西田徳四郎  民部田清吉 千葉幸之助

千葉伊之松  戸ノ村利徳 黒沢正一郎

三浦清記   千葉栄   笹久保浩

千葉眸

第二開票台 藤村金造   伊藤円作  山本勇

佐藤秀雄   千葉甲子郎 千葉正吾

千葉重憲   吉川順造  沢口千太郎

望月勝吉

第三開票台 村山仁    遠藤藤栄  高橋九平

工藤正雄   帷子駿八  高畑利喜一

立花正信   小林繁雄  山沢徳夫

第四開票台 金井竜雄   大畑幸作  西館栄助

山崎高    大下已之吉 千葉栄

大石繁夫   久保光彦  中村年一

(ホ)  について。投票立会人が代理投票の補助者を兼ねたことについては第七投票所を除きこれを認めるが、代理投票の行われた投票所の設備は、投票立会人が代理投票の補助事務をしながら投票立会人としての投票進行の監視の任務を果し得る常態にあつた。したがつて、投票立会人が代理投票の補助者を兼ねたことは単に一時投票立会人席を離れた場合となんら異るところなく、本来選挙手続に関するもろもろの規定は選挙人の自由意思を表明させるための手段にほかならないものであるから、投票立会人が代理投票の補助者を兼ねたことをもつて実質的に選挙の自由公正が害され、選挙の結果に異動を及ぼすとはいい得ない。

以上の次第であるから、原告の請求は理由がないと述べた。

(証拠省略)

理由

原告が昭和三〇年八月二八日施行の岩手県岩手郡岩手町長選挙での選挙人であること、同日岩手町選挙管理委員会が候補者田中富蔵を当選人と決定したこと、原告が同年九月二日右委員会に選挙の効力に関する異議申立をし、同委員会が同月一九日右申立棄却の決定をしたので、原告はさらに同年一〇月九日被告に訴願し、被告が同年一二月一〇日(この日付の点は乙第一号証で認める。)右訴願棄却の裁決をしたことは当事者間に争がない。

そこで原告の主張する本件選挙の違法事由について判断する。

請求原因(2)の(イ)について。

成立に争のない甲第七、八号証、弁論の全趣旨でその成立を認める甲第一四号証、証人津志田幸平、柴田国夫、三ツ谷英夫、田中義雄、上路彌太郎、当本正蔵の各証言を総合すれば、本件選挙の開票事務は昭和三〇年八月二八日午後八時三〇分ころから開始され、午後一一時三〇分ころ終了したが、右開票の終了により選挙会は田中富蔵を当選人と決定し、選挙長田中義雄から岩手町選挙管理委員長に投票が引継がれた後、同委員長が右選挙での候補者八角喜代治の運動員から要求されて、田中富蔵の有効得票とされた投票を点検させたこと、翌二九日朝岩手町選挙管理委員会が岩手町役場の金庫から投票を入れてあつた、封印された封筒を取り出し、同役場宿直室で、これらの封筒をひもで結んだこと、本件選挙で投票用紙は一二、〇〇〇枚印刷され七、八七九枚使用した残部四、一二一枚(実際は、一二、〇一一枚受け取つたので、残部は四、一三二枚あつた。)を選挙終了後岩手町選挙管理委員会で焼棄てたこと、被告が候補者田中富蔵の有効票とした「田村富蔵」と記載の投票五票が原告の異議申立に対する岩手町選挙管理委員会の決定書にどう取扱われたか全然記載されていないことはいずれもこれを認めることができるが、翌日岩手町選挙管理委員会の関係人が投票を袋から出して見たとか、投票を改ざんしたとかの原告主張事実は、これを認めるに足りる証拠がなく、かえつて証人津志田幸平、柴田国夫、栗生沢吉良、田中義雄の各証言を総合すれば本件選挙で投票改ざんというような不正事実の行われなかつたことをうかがい知ることができる。また残投票用紙が不足したときは、不足の枚数、不足するに至つた事由、のいかんによつては、選挙無効の原因となるのであるから、(最高裁判例集一〇巻九号一一七七頁参照)選挙管理委員会は、後日問題が起つたとき、当該選挙が公正に行われたことを証するため、残投票用紙をそのまま必要期間保存管理すべきである。岩手町選挙管理委員会が、本件残投票用紙を焼きすてたため、一部選挙関係人から、それは、本件選挙が適正に行われなかつたこと、投票改ざんに残投票用紙を使用したこと、などを隠すためではなかろうか、などと疑われても仕方ないことであるが、しかし、前に認定したとおり、本件残投票用紙は、焼却の際、全枚数現存していたのであつて、なんらかの不正事実をかくすため、これを焼却したものと認めしめる証拠はない。

原告は、「田村富蔵」と記載された投票五票は、開票のとき、田中富蔵の有効投票とされたと主張するが、右事実を認めしめるに足りる証拠はなく、かえつて証人上路彌太郎の証言によれば「田村富蔵」と記載した投票一票は無効投票とされたことが明らかである。右事実に甲第七、八号証、乙第一号証、第一五、一六号証を総合すれば、原告、八角勇、千葉誠士らの異議、訴願は、右五票についてはふれるところがなかつたが、町選挙管理委員会は、職権で、無効投票とされた「田村トミゾ」一票、「タムラトミウゾ」一票、「田村トミゾウ」一票、「田村とみぞう」二票、計五票について慎重な審議を重ねた末、右五票を従前どおり無効投票として処理したため、その決定書でこの点に関する判断を示さなかつたが、被告は、訴願の審査に際し、職権で、これを田中富蔵の有効投票と認定したことが認められる。すなわち右五票は開票のときから無効投票とされ、町選挙管理委員会もこれを無効投票としたのに、被告が初めてこれを有効投票としたものである。

同(ロ)について。

本件選挙の開票録に開票立会人の押印のないことは被告の認めて争わないところであるけれども、成立に争のない甲第五号証、証人上路彌太郎、高橋六郎、当本正蔵の各証言を総合すれば開票立会人が開票録に署名したことが認められる。そして公職選挙法七〇条は、立会人の署名を要求してるだけであるから、その押印は必要ではなく、右押印がないからとて、少しも違法ではない。

同(ハ)について。

甲第一号証、第二号証の一ないし四によれば、岩手町選挙管理委員会委員長三ツ谷英夫の実妹トシは、三浦淑男の妻であり、淑男の実姉ノヱは田中富蔵の妻であつたこと(ノヱは大正一四年一〇月二二日死亡)、甲第一号証、第三号証によれば、田中富蔵の父甚之助は、甚三郎の長男であり、田中武雄(ただし同人が町選挙管の委員であることは甲第一五号証で認める。)の実父は、甚三郎の三男であるから、富蔵と武雄が従兄弟であること、甲第四号証の一、二によれば選挙長田中義雄の実父留之助は、田中富蔵の叔父であつて、昭和一二年一一月一日富蔵家から分家したものであること、をそれぞれ認めることができるが、このような身分関係のために、現実にどんな公正を害する事実があつたかの点について特段の主張、立証がない。

同(ニ)について。

甲第六号証、第九号証の一ないし二六、第一〇号証の一、二、乙第二、三号証を総合すると、甲第九号証の一ないし二六に選挙人として記載されてある二六名のものは、いずれも岩手町職員であるが、岩手町選挙管理委員会委員長は、昭和三〇年八月一九日町長職務執行者代理者に対し右二六名を本件選挙の事務従事者として依頼したいから、許可されたい旨を申請し、右代理者は同月二四日これを承認したので、委員長は右二六名に選挙事務に従事すべきことを依頼したこと、右二六名は選挙に関係のある職務に従事するものであるから、不在者投票の事由に該当する旨の証明書は、公職選挙法第四九条第一号、同法施行令第五二条第一項第一号によつて町選挙管理委員会委員長の証明書でなければならないのに、町長職務執行者代理者名義の証明書であるから、右証明書は違式のものであること、右二六名の一人である津志田幸平は、選挙当日午後八時三〇分ころから開始されるべき開票の際の有効投票判定係であるから、不在者投票の事由がないものであること、甲第一〇号証の一、二記載の選挙人二名は不在者投票の事由に該当する旨の証明書を提出しないのに、公職選挙法施行令第五二条第三項の疎明をしたと認められないこと、右二八名は不在者投票をしたこと、以上の各事実を認めることができる。ところで、公職選挙法第四九条、同法施行令第五〇条ないし第六五条が不在者投票の手続について厳重な規定をおいているのは、選挙の自由公正を確保するためにほかならない。もし法定の証明書を提出しないで投票用紙、封筒の交付を受けて不在者投票をした選挙人が相当数存在するときは、右違法は選挙の結果に異動を及ぼすおそれがないということはできないから、当該選挙は無効とすべきである。(最高裁判例集八巻九号一六四七頁以下参照)しかし、本件では、証明書を徴せず、かつその事由を疎明させないで不在者投票をさせたものはわずかに二名であり、不在者投票の事由があると認められないのに、証明書を交付したものは一名であり、また選挙事務に従事する二六名(上記一名をふくむ。)は、いずれも岩手町職員であつて、かつその不在者投票事由が町長職務執行者代理者に明らかであつたので、右代理者が証明書を交付したのであるから、その証明者を誤つたとはいえ、その違法の程度は軽微であつて、全然証明書を徴しなかつた場合と同日に論ずることができないのである。以上のとおり問題の不在者投票数は二八票の少数であること、証明書の違法性が稀薄であることなどから考えて、右の違法は、本件選挙の執行を無効としなければならないほど重大なものと認めることはできないのである。

同(ホ)について。

本件選挙の代理投票について、投票立会人が代理投票の補助者を兼ねたことは第七投票所を除き被告の認めて争わないところであり、被告の争う第七投票所でも原告主張の事実があつたことは成立に争のない甲第一二号証の六(もつとも被告はこの記載内容に誤があると主張するがこれを認めるに足りる証拠がない)によつてこれを認めることができる。もともと投票立会人は、公職選挙法第三八条第二項、第四八条第二項、第五〇条第二項、第五項、同法施行令第三五条、第三七条、第四〇条、第四一条、第四三条などにあげる選挙に関する職務に従事するものであり、また明文はないが、一般の投票が自由かつ公正に行われるよう監視すべき責務も包含されているものと解すべきであるから、投票立会人が代理投票の補助者を兼ねることは許されないところであり、したがつて投票立会人が代理投票の補助者としてした代理投票は、違法であると解すべきである。

しかしながら成立に争のない甲第一二号証の一ないし一〇、証人駒井幸蔵、立花正信の各証言を総合すれば本件選挙で投票立会人のうち一人ないし二人が代理投票の補助者を兼ねたことはあつたが一般の投票監視には差支えを生じなかつたことを認められるばかりでなく、代理投票の管理に関する前示違法は選挙の効力に関する争訟の理由とはならないものと解するのを相当とする。

以上の次第で本件選挙にはこれを無効とするに足りる手続上の違法はなかつたというべきであるから、原告の訴願を棄却した原裁決は相当であつて、これが取消及び本件選挙の無効宣言を求める原告の本訴請求は理由がないから、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 岡本二郎 羽染徳次)

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